歴史を重ねた木桶の数々

燕市吉田(旧吉田町)にて醸造屋としての産声をあげたのが1771年。
酒蔵として歴史を歩み始めた醸造の歴史は1931年に味噌・醤油を製造する
【越後味噌醤油研究所】へと姿を変え、
1960年【越後味噌醸造株式会社】の設立を経て、現在の味噌・味噌漬けの醸造蔵へと繋がっていきます。
酒・醤油・味噌と、醸す対象は変化しながらも、変わらないものは今でもあります。

それは、職人が手間暇をかけて「木桶」に仕込む伝統。

100年以上前に作られ、酒の仕込み・醤油の仕込みを経て味噌の仕込みに使われる木桶。
大小合わせ約70個ある木桶は今でも、そしてこれからも、
守ってきた越後味噌醸造の味・文化・伝統を後世へと醸し続けていきます。

【袖ふり味噌】それは、ご縁から始まった奇跡の味噌

北海道音更町産 袖ふり大豆

袖ふり味噌

越後味噌醸造を代表する【袖ふり味噌】、
この味噌に使用される大豆は【北海道音更町産 大袖振大豆】です。
大豆の産地北海道の中でも音更町のみで作られている希少な大豆です。
この大豆は蒸して食べるとまるで栗の様な甘さの大豆の中でも糖度が格段に高い、
味噌にするには勿体無いほど美味しい大豆です。

この大豆を越後味噌醸造が味噌にすることになったのが1968年、
新潟市の老舗企業【株式会社加島屋】様とのご縁によって【袖ふり味噌】の歴史が始まります。

加島長作氏(株式会社加島屋:現相談役)より、
「北海道音更町産の袖ふり大豆を味噌造りに使ってみてはどうか?」という提案を頂き、
越後味噌醸造は新たな味噌への挑戦を始めました。

ただ、長く醸造を行ってきた越後味噌醸造の技術をもってしても簡単にはいきませんでした。
青大豆系統の袖ふり大豆は味噌にすると「くすんだ色」に仕上がってしまい、
そして「黒い大豆の目」が特徴の大豆なので味噌の中に異物が有る様に見えてしまうのです。
1968年に仕込んだ味噌は納得のいく物には仕上がらず、1969年もう一度挑戦しました。
持ちうる技術・知識を活かし一度目の失敗を経て再挑戦した結果、
1970年には味・香り・見た目、納得のいく【袖ふり味噌】が完成しました。
同年、株式会社加島屋様にも評価を頂き【袖ふり味噌】を卸し始めました。
そこから現在まで使用し続けてもらっています。

1970年以降、更なる旨味の向上を目指し麹との配合割合・熟成期間・使用する塩と
何度も試行錯誤をして現在の味に進化し、
越後味噌醸造を代表する味噌へとなりました。

越後味噌が培ってきた醸造の技術・木桶の伝統、
そして株式会社加島屋様とのご縁から生まれた【袖ふり味噌】を
これからも大切に醸し続けてまいります。

新潟の銘店、「加島屋」様より「越後味噌醸造」についてコメントを頂戴致しました。

〈 加島屋の製品作りを行っている亀田工場の視点 〉
袖ふり味噌のふくよかな甘味とうま味は、海の幸、山の幸をはじめとする食材の特徴を大きく引き出してくれます。
とりわけ脂肪分の多い魚との相性は素晴らしく、袖ふり味噌に漬け込んだ「キングサーモン味噌漬」や「銀鱈の味噌漬」などの漬魚は焼き上がりの香ばしさと深い味わいで大人気の定番商品となっています。また、いかの塩辛や帆立貝柱味噌などの味作りに欠かすことができません。
〈 加島屋のお客様の反応 〉
加島屋本店でお買い上げくださるお客様からは「袖ふり味噌にしてからとても美味しくて、もう他のお味噌では満足できません」などのありがたいご評価を大勢の方々からいただいております。また本店2階レストラン茶屋長作のキングサーモン入りお味噌汁は「袖振大豆特有のうま味とキングサーモンがよく合っていて美味しい」とご好評をいただいております。
〈 株式会社加島屋 代表取締役社長 加島長八氏よりコメントを頂戴しました 〉
私の父である会長が子供の頃、おやつ代わりに炒り豆にした袖振大豆を食べて「とてもおいしかった」という記憶から「香り高く美味しい大豆であれば味噌も美味しいはず」と越後味噌醸造さんに製造を依頼、出来上がった袖ふり味噌はとてもふくよかな味わいでした。加島屋は、お客様はもとより製造者である私たち自身が、心から食べたいと思う「安全で安心な美味しい」製品をつくり、販売してお客様に喜んで頂く事を目指しています。そのための原料として袖ふり味噌は加島屋にはなくてはならない味づくりの原点です。
代表取締役社長 加島長八

株式会社加島屋
代表取締役社長
加島長八
加島屋 / ウェブサイト
www.kashimaya.jp



袖ふり味噌に続く越後味噌醸造のもう一つの代名詞が【味噌漬け】です。

長期間じっくり味噌に漬けることによって生まれる《昔ながらのしょっぱい味噌漬け》の旨味。
原料は国産のにこだわり手間暇をかけて丁寧に下処理をします。
初めは味噌の旨味を中に染み込ませるために塩に漬け込み、
その後に味噌に漬け込むことで味噌の旨味を中までしっかり染み込ませ、
昔ながらのしょっぱい味噌漬が完成します。

様々な味わいの味噌漬けが販売されている状況に関わらず、
越後味噌醸造は頑なに昔ながらの味を守り続けています。

その結果『この味を探していた』というお声を頂くことが少なくありません。

時代が変われど、越後味噌醸造の味噌漬けの旨味を求め続ける皆様のために、
《昔ながらのしょっぱい味噌漬け》の味を守り続けて行きます。
茄子・牛蒡:新潟県産
昆布:北海道産
大根・茗荷・生姜・紫蘇の実・胡瓜:国産

越後味噌のナス漬けでもお馴染みの、「魚沼の巾着ナス」。相性は抜群です。

越後味噌醸造では、みそ漬けに使用する野菜を県内の農家との契約栽培により育てて頂き、仕入れています。
創業以来30年間、弊社と共にみそ漬けの為に、こだわりの野菜を生産し続けています。

南雲さん親子

南雲さん親子
契約栽培をして頂いている南雲さん親子。
南魚沼市上出浦で巾着茄子を栽培しています。

明治30年に起きた水害により、出稼ぎに行った篤農家が入手した和歌山の早生ナスと、在来の丸ナスを交配させて生まれた品種。
それが「魚沼の巾着ナス」です。昭和に入り、梨ナスの普及で栽培面積は激減し、採種量もゼロとなるものの、それでも作り続けた農家が一軒だけ残っていました。その農家から種を分けてもらい、新潟県六日町の下原新田の農家や越後味噌醸造の当時の社長の尽力で、消えかけた「巾着ナス」は復活を果たします。現在の下原新田で魚沼巾着ナスを作っている農家は4件。そこで採れた全てが越後味噌醸造の味噌漬け用として出荷されています。


創業1771年からの醸造の歴史の中で共通して行われてきたのが【麹作り】です。
酒・醤油・味噌、全て麹が無いことには造ることができません。

職人の手で丁寧に作られる越後味噌醸造の麹は【麹そのもの】の評価が高く、
麹を求めにくるお客様がいらっしゃいます。
あるお客様からは『今回の麹で作った甘酒も凄く美味しくできました』というお声を頂きました。

美味しい味噌を造るためだけでなく、
越後味噌醸造の麹を求めるお客様のためにも
丁寧な麹造りを続けていきます。

木桶の年輪が歴史を物語る

木桶職人の伝統の技

100年以上前に造られ今でも越後味噌醸造の味を守り続ける木桶。
長い年月の中で木桶には醸造に必要な酵母菌・麹菌が住み着き、
味噌・味噌漬けを味わい深く醸してくれます。

一番大きい木桶だと約5トンの味噌を仕込める程大きく、
ここまで大きい醸造の用の木桶は、原料である樹齢200年~300年の杉の木の減少、
製造できる職人の減少により体験貴重なものとなります。

越後味噌醸造では以前木桶職人がいました。自らの手で箍(たが)を編み、木桶の修繕を行います。
その姿は正に職人、味噌の仕込みだけではなく木桶を守るためにも職人が必要なのです。

この木桶があるからこそ越後味噌醸造の味は守られ続けます。
大切に大切に使用し、
後世へと味を守り続けるためにも木桶を大切にしていきます。

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参考資料:石坂智恵美(2005)『新潟長野 食業の職場から』